2022年12月20日付Lietuvos rytas紙に掲載された、日・リトアニア友好100周年に関する尾﨑大使の寄稿(日本語訳)
令和4年12月20日
日本とリトアニアをつなぐ「武士道」
今から100年前の12月20日、日本はリトアニアを法律上の政府として承認しました。この記念すべき日に、不思議な縁を有する両国の歴史について寄稿させていただけることは、駐リトアニア日本国大使として大きな喜びです。
10月の安倍元総理の国葬の時に、岸田総理が述べた弔辞に、安倍元総理が防衛大学校の卒業式で引用されたという「BUSHIDO」の中のフレーズがありました。それは、「Courage is doing what is right」というものです。
「BUSHIDO: The Soul of Japan」は、新渡戸稲造という学者によって書かれた英語の本で、初版は1900年、アメリカで発刊されました。新渡戸が「BUSHIDO」を書いた理由は、海外で日本の道徳教育や宗教観について聞かれることが多かったためで、また常々日本人の道徳やあるいは行動の基準にサムライに由来するものがあると信じていたためです。「BUSHIDO」の「武士」(BUSHI)というのはサムライのことで、「道」(DO)とは道徳規準です。この「BUSHIDO」は、発行後に日露戦争で日本が勝ったことからベストセラーとなり、当時のアメリカの大統領のセオドア・ルーズベルトが、この本に感銘を受けて沢山買って友人達に配ったというのは有名なエピソードです。
同じく日露戦争での日本の勝利で日本に関心を持ったステポナス・カイリースが1906年に、日本を紹介する「Japonija」3部作を発刊しました。作家の平野久美子さんが、2010年に「坂の上のヤポーニア」という本をカイリースの著書を題材に書かれていますが、日露戦争を題材にし、国民的ベストセラーとなった司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」とのアナロジーが印象的です。「坂の上の雲」では、1868年に始まる明治維新から日露戦争までの約40年間、あたかも坂の上に見える雲を追うようになされた日本の近代化・西洋化の様子が描かれています。
新渡戸が生まれた1862年、すなわち、日本が近代国家に生まれ変わろうとしていた直前に当時の西洋学問の第一人者だった福沢諭吉が日本人として初めてリトアニアを訪れています。福沢もまた、西欧の物まねではなく、日本の魂を維持しながら西欧の文明を活用することを志向した知識人でした。1901年に他界した福沢と入れ替わるように杉原千畝が1900年に生まれ、その年に「BUSHIDO」が刊行され、その後まもなく起こった日露戦争を目撃したカイリースが「Japonija」三部作を記した、という不思議な両国の邂逅があります。
杉原千畝が日本の領事代理として臨時首都カウナスに着任したのは、1939年8月に独ソ不可侵条約が結ばれた直後でした。翌9月にはナチス・ドイツとソ連がポーランドへ侵攻した結果、リトアニアに逃れた多くのユダヤ難民に杉原が自らの判断で発給した「命のビザ」は今日、日本とリトアニアの歴史的な絆の象徴となっています。杉原千畝の行動も、まさに武士道を体現するものでした。
冒頭に述べたCourage is doing what is rightというフレーズは、「BUSHIDO」の第4章に記されています。ここで新渡戸は、正しくないことが行われている時に、何が正しいか分かっていながら、正しいことが行われるように努力しないのは、勇気がないと言わざるを得ないという孔子の言葉を積極的に言い換えているのです。そういう場面は沢山ありますが、行動するのには命がけの勇気が必要な時があります。リトアニアの隣国ベラルーシではそのような勇気を示した人々を我々は多く目撃しました。尚、新渡戸が台湾の殖産興業にも貢献した縁もあって、元台湾総統の李登輝が「BUSHIDO」の解説書を日本語で記し、現代日本人の武士道への回帰を提唱したというのも忘れがたい一コマです。
日本リトアニア友好100周年にあたる本年、我々はロシアのウクライナ侵攻というとてつもない不正義を目の当たりにしています。まさに武士道を発揮すべき時に、両国が対露制裁とウクライナ支援で協力していることは非常に重要です。さらに、10月にシモニーテ首相が訪日され、岸田総理との間で両国関係を戦略的パートナーシップに格上げすることで一致しました。両国の友好関係の次の100年に向けても、「武士道」は羅針盤たり得ると思います。国際社会が時代を画する変化にある中、来年日本がG7サミットを、リトアニアはNATOサミットをホストすることも両国の不思議な縁を感じずにいられません。両国は、距離は離れていても、価値観を共有し、歴史的な絆を有しています。このような両国が次の100年に一層関係を発展させていくことを心から願っています。
駐リトアニア特命全権大使
尾崎 哲