ユルギス・ゲディミナス・リムデイカ氏 旭日小綬章叙勲
令和8年11月3日
ユルギス・ゲディミナス・リムデイカ氏 旭日小綬章叙勲

11月3日、日本政府は、ユルギス・ゲディミナス・リムデイカ元チョルノービリ医療センター長、元サピエガ病院院長に「旭日小綬章(The Order of the Rising Sun, Gold Rays with Rosette)」を叙勲することを発表しました。
今回の叙勲の概要は以下のとおりです。
今回の叙勲の概要は以下のとおりです。
1.受章者氏名・肩書
ユルギス・ゲディミナス・リムデイカ(Jurgis Gediminas Rimdeika)(略歴参照)
元 チョルノービリ医療センター長
元 サピエガ病院院長
2.功労概要
(1)被曝者治療交流
チョルノービリ原発事故直後の除染作業にリトアニアから動員された約7000人の被曝者の治療に対応するため、1991年にチョルノービリ医療センターが開設され、同人が所長となった。1992年、リトアニアを訪問した原水爆禁止日本協議会(原水協)の仲介を得て、九州で被曝者治療等を直に視察し、両国の知見を共有した。1993年に開設されたサピエガ病院(2011年まで機能)にチョルノービリ医療センターも移転され、同人が院長として、被爆者医療を通じて両国の医療関係者の交流を牽引した。2010年には、日本の放射線医学総合研究所で、リトアニアの被曝者医療事例を報告した。2011年、福島原発事故後の対応に当たっていた斎藤紀・福島生協病院長と連絡を取り、リトアニアでの被曝者医療のデータや経験を提供した。2016年、リトアニア国会においてチョルノービリ30周年記念国際会議が行われた際に、日本から原水協代表団を受け入れ、広島・長崎、チョルノービリ、そして福島での状況について意見交換を行った。
(2)核のない世界実現に向けた啓蒙活動
1992年8月に初めて原水爆禁止世界大会に出席して以来、ほぼ毎年同大会に出席し、日本の原水協や被団協と協力して、リトアニアでも平和のための反核署名運動を行った。2011年に病院長は退任したが、2013年に原水協から写真展「広島・長崎原爆展」を借り受け、地方都市も含むリトアニア各地の図書館や学校で展覧会を行い、特に若い世代に戦争や原爆の悲惨さを伝え、核のない世界実現に向けた啓蒙活動を継続している。2025年8月には終戦80周年を記念して、リトアニア国会議長と同人のイニシアチブにより、国会内で駐リトアニア日本国大使が出席して同写真展が開催され、原爆が広島と長崎にもたらした惨禍は二度と繰り返してはならず、日本が唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現に向けて努力を積み重ねていることが、多くの国会議員に伝えられた。
ユルギス・ゲディミナス・リムデイカ(Jurgis Gediminas Rimdeika)(略歴参照)
元 チョルノービリ医療センター長
元 サピエガ病院院長
2.功労概要
(1)被曝者治療交流
チョルノービリ原発事故直後の除染作業にリトアニアから動員された約7000人の被曝者の治療に対応するため、1991年にチョルノービリ医療センターが開設され、同人が所長となった。1992年、リトアニアを訪問した原水爆禁止日本協議会(原水協)の仲介を得て、九州で被曝者治療等を直に視察し、両国の知見を共有した。1993年に開設されたサピエガ病院(2011年まで機能)にチョルノービリ医療センターも移転され、同人が院長として、被爆者医療を通じて両国の医療関係者の交流を牽引した。2010年には、日本の放射線医学総合研究所で、リトアニアの被曝者医療事例を報告した。2011年、福島原発事故後の対応に当たっていた斎藤紀・福島生協病院長と連絡を取り、リトアニアでの被曝者医療のデータや経験を提供した。2016年、リトアニア国会においてチョルノービリ30周年記念国際会議が行われた際に、日本から原水協代表団を受け入れ、広島・長崎、チョルノービリ、そして福島での状況について意見交換を行った。
(2)核のない世界実現に向けた啓蒙活動
1992年8月に初めて原水爆禁止世界大会に出席して以来、ほぼ毎年同大会に出席し、日本の原水協や被団協と協力して、リトアニアでも平和のための反核署名運動を行った。2011年に病院長は退任したが、2013年に原水協から写真展「広島・長崎原爆展」を借り受け、地方都市も含むリトアニア各地の図書館や学校で展覧会を行い、特に若い世代に戦争や原爆の悲惨さを伝え、核のない世界実現に向けた啓蒙活動を継続している。2025年8月には終戦80周年を記念して、リトアニア国会議長と同人のイニシアチブにより、国会内で駐リトアニア日本国大使が出席して同写真展が開催され、原爆が広島と長崎にもたらした惨禍は二度と繰り返してはならず、日本が唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現に向けて努力を積み重ねていることが、多くの国会議員に伝えられた。